伏見顕正の政経塾

政治、経済、政界情勢、皇室、中韓、在日問題など、冷静に語ります。

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新台湾論⑤日本に政治亡命した台湾人知識人

≪日本に政治亡命した台湾人知識人≫
この騒動のさなか、

言語学者の王育徳氏、

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政治学者の許世階氏、

金美麗女史、

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黄文雄

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らが日本に政治亡命して、「台湾独立連盟」を結成し日本を拠点として独立運動を始めます。台湾に戻れば殺される。彼らは蒋介石の生きている間、息子の蒋経国戒厳令を解除して、蒋経国の死後、本省人李登輝氏が総統になるまで故国に戻れませんでした。

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黄文雄氏は20数年ぶりに台湾に戻った時に自分が「ブラックリスト」に載っていたことを知ったそうです。

黄氏が語る「恐怖政治」の凄さとは、「密告の奨励」です。知人を密告しないと逮捕される。相手を密告すれば、相手の財産の40%を貰える。
麻雀しようとして、集まろうものなら、「3人以上集まれば謀議」したとして逮捕される。

 

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蒋介石の「反日教育」に洗脳されなかった台湾の戦後世代≫

蒋介石は、自らの権力基盤を固めるために「日本統治時代」を徹底的に否定し「反日教育」で洗脳しようとしましたが、台湾の戦後世代は韓国人と違い、洗脳されませんでした。
それは、戦後世代が「学校でこんなことを教わった」と家に帰っていうと「日本語世代」の両親が、「それは嘘を教えられたんだよ」と訂正して諭しました。
しかも、個別家庭だけでなく「地域のコミュニティー」で連携を取り合って、子供が「反日教育」に染まらないように防御したのです。
蒋介石は日本統治時代を象徴する建造物を徹底的に破壊しました。

台湾総督だった児玉源太郎大将の馬上の石造の首を切って、その上に自分の顔の石像を置きました。
妻の宋美齢は、台湾神宮を撤去してその上に、趣味の悪い圓山飯店を作りました。

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≪「東洋の魔人」蒋介石死すー息子、蒋経国世襲・・・体制の移行期≫
1975年、台湾人に蛇蝎の如く嫌われ、恐れられた「東洋の魔人」蒋介石が死没し、長男の蒋経国が総統を世襲しました。

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蒋経国は、当時農業経済学者であった李登輝氏を政界にスカウトし、要職に抜擢し、李登輝氏も期待に応え、副総統まで登りつめました。
李登輝氏は、著書の中で「私が嘘をつかず日本人的なところが気に入られたのだろう」と追憶しています。
また「蒋経国に政治を教わった」とも述べています。
蒋経国父親に似ず柔軟なところが有りました。
晩年に、閣僚たちに対して「蒋家から3代目は出さない」と明言していました。
蒋介石の台湾での「人権弾圧」はアメリカの政界でも常に批判にさらされ「問題視」されていました。
黄文雄氏は「アメリカからの圧力が有ったのだろう」と分析しています。
また、「蒋介石種無し説」もあります。蒋介石は子供の頃に睾丸に大やけどを負ったという説が有り、その為に「無精子症」だったのではないかと言われています。
次男の蒋緯国は養子です。
奇妙なことに蒋介石宋美齢と結婚するときに「子供は作らない」と言う「契約」を結んでいます。
自分が「種無し」であることに自覚が有って、宋美齢の浮気を警戒したのでしょうか?


蒋経国急死―憲法の規定により副総統の李登輝氏が総統就任≫

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持病の糖尿病が重篤化していた蒋経国は1988年に急死しました。

ここで憲法の規程により副総統の李登輝氏が総統に就任します。
中華民国体制になってから初めての本省人の総統の誕生です。同時に「蒋王朝」の終焉でした。
現在90歳を超える高齢ながら、精力的に執筆や講演をつづけ、その人格と実績から日本のみならず世界中から尊敬される「哲人政治家」李登輝の誕生です。
周囲を外省人の国民党長老に固められた「完全アウェー状態」で用意周到に策をめぐらせて、「台湾の民主化」を進めていきます。
間接選挙であった総統選挙を直接選挙に切り替えました。
李登輝氏は総統を12年勤めながら、「長期政権は良くない」と言って、総統の座を退き、次の総統選では、民進党の陳水偏が当選し
「台湾独立」を掲げる野党に政権交代を実現させました。

 

陳水扁の苦闘と失脚―馬英九の「親中路線」≫

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陳水偏は様々な政策を打ち出して、果敢に改革に取り組みましたが、立法院(国会)で民進党過半数を取れなかったために、政策の実現に苦労しました。
そして、2期目の終盤に、身内のスキャンダルが発覚し、「レームダック状態」になりました。
馬英九は「反日親中派」で、「国共合作」ならぬ露骨な対中接近政策をとり続けました。

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実は前の陳水偏時代から、台湾企業は、安い労働力を求めて、大挙して中国市場に進出していました。
その為「産業の空洞化」と「失業の増大」が起き、経済成長が著しく鈍化しました。
馬英九は「経済成長」を公約に掲げ当選しましたが、公約を何一つ実現できず「無能」の烙印を押されました。
馬英九政権の8年間、景気は悪化し、若年層の失業が増え、不満が鬱積しているところへ、台湾経済を中国に売り渡すような「両岸サービス協定」を
勝手に調印して、若者の怒りを買い、「ひまわり学生運動」で学生たちが立法院を占拠して抵抗しました。
大学生たちの抵抗で「両岸サービス協定」を流産させられて、馬英九は一気に「レームダック化」しました。
私も馬英九政権に怒りをぶつける、純真な大学生たちに心からエールを送り、次々とUPされる動画を食らいつくように見ていました。
馬英九は香港生まれの外省人、馬(まー)姓は、中国の回教徒(イスラム教徒)に多い姓です。
黄文雄氏も、馬英九については、「彼の祖先は湖南省だ。湖南省は回教徒の多いところだ。」と述べています。
また馬英九CIA工作員説も根深いです。彼の家族は皆、アメリカ国籍を取得しています。
彼は、ハーバート大学ロースクールに留学し、博士号を取っていますが、テーマは「尖閣諸島問題について」でした。
★要するに、「尖閣中華民国の領土だ」と言いたいのです。
しかし、その英語の論文に「スペル間違い」が千か所以上もあり、それを発見した台湾のネットユーザー達がハーバートに猛抗議をしています。
馬英九は総統就任の2か月後、前総統の陳水偏氏に「出国禁止令」をだし「汚職の疑い」で強制逮捕・収監しました。
まともな民主国家では、先ず裁判をして「有罪判決」が出てから収監です。馬のこのやり方は実に「中国的」です。
しかも陳氏を1.5平米(一坪の半分以下)の監獄に閉じ込めました。「人権蹂躙」です。
陳氏は何度も自殺を図り、最後は発狂して「廃人」に追い込まれました。
一方馬英九は、2014年の統一地方選で、国民党は惨敗。3期目の続投の「目」は無くなりました。