伏見顕正の政経塾

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新・台湾論②台湾の日本復帰を求める「台湾民政府」

台湾民政府「我々は日本人だ」「台湾は祖国日本に復帰すべきだ」

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≪台湾の日本復帰を求める「台湾民政府」≫
台湾に「台湾民政府」と言う政治集団が有ります。メンバーは流暢な日本語を話す台湾の「日本語世代」です。
この人たちの主張は「我々は日本人だ」「台湾は祖国日本に復帰すべきだ」です。
You Tubeで動画が確認できますが、大勢で靖国神社に参拝して、皇居に訪れて、遥拝したりしています。
★究極の目標は「大日本帝国の再興」だそうです。
彼らが2006年に、アメリカ連邦高裁に「台湾は未だに連合国の支配下にあり、無国籍であり、台湾の「潜在主権」は日本にある」と告訴しました。
2009年、アメリカ連邦高裁は「台湾は国際的に承認された正当な政府が無い為、国民は政治的な煉獄(れんごく)にある」と言う判断を下しました。
この判決は中国国民党の台湾での「権力集中」と「実効支配」を否定するもので、台湾に対する「日本の潜在主権」を認めたものです。
連邦高裁は上告しなかったので、この判決は確定しました。

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【台湾の人種構成と言語について】
人口2300万人の台湾は、出自で分けると、本省人と原住民と外省人に分かれます。
本省人とは、50年間の日本統治時代からいた平地住民で、全体の86%を占めます。
・原住民は、山岳地域の居住者で、20世紀まで「首狩り」をしていました。比率は2%です。
外省人は、国共内戦に敗れて大陸から逃げ込んできた蒋介石配下の中国国民党の軍民で12%を占めます。
本省人は「福建系」の人と「客家系」の人に分かれます。各々比率は73%と13%です。
福建系の人は「閩南人(びんなんじん)」と呼ばれ、現在の福建省の海岸沿いに住んでいましたが、所謂漢人ではなく、東南アジア系の人種です。
門構えに「虫」を入れた漢字など、漢民族が多人種を馬鹿にしてつけた名前です。
客家人」は、古代中国の黄河流域に住んでいた人々が、北方の遊牧民に圧迫されて、中原(ちゅうげん;黄河流域)を追われジプシーの様に中国大陸を南に南にと移動して、現地人とも融和せず、独自の文化と集団を守ってきた人で、後に、東南アジア各地にもわたっていきました。


アジア圏では優秀な著名人が多くいます。

台湾の李登輝元総統、蔡英文現総統、鄧小平国家主席シンガポールのリークワンユー首相
「中国のユダヤ人」と言うイメージです。
中国は明朝と清朝の時代は、「海禁策(かいきんさく)」を取り、大陸外の島々への移住を厳しく制限してきました。
特に台湾へは男性の移住しか認めませんでした。台湾の平野部に移住した閩南人と客家人の男性は、平野部に住んでいた原住民の女性と結婚して
混血していきました。原住民の女性は蠱惑的(こわくてき)な美人が多く、混血がすすむにつれて、美人や美男子が多くなります。
台湾を代表する美人女優、リン・チーリンなどがその典型です。蔡英文現総統も祖母は原住民です。
★この婚姻状態について「台湾には祖母はいるが祖父はいない」と言われます。父方の祖父は中国大陸にいるからです。
★原住民の人達は、昭和天皇が「高砂族」と命名しましたが、言語学的に「オーストロネシア系」と呼ばれ、マレーシア、ボルネオ、ニューギニアの原住民と人種的に近いです。
太平洋の日米戦では、彼ら「高砂族」の若者が多数志願して「高砂義勇隊」を結成し日本軍を助けてニューギニア戦で勇敢に大活躍しました。
「ジャングル戦」に不慣れな日本兵を助けて、裸足で密林を駆け回り、米軍を苦しめました。
この時、高砂族の兵士がニューギニアの原住民と話したら言葉が通じたそうです。
太平洋戦線で、日本軍をフィリピンから駆逐した米軍は、次は台湾に来襲すると大本営は読んでいましたが、台湾をスキップして
いきなり、沖縄に襲来しました。一説によると高砂義勇隊の勇猛さに手を焼いた米軍が、台湾を避けたと言われています。
言わば、大英帝国陸軍の傭兵として勇名をはせたネパールの「グルカ兵」とよく似た存在です。
彼らは、勇猛にして日本に忠誠心が強く、生真面目でした。
★余談ですが、ニューギニア戦線で、台湾の高砂義勇兵士と朝鮮兵の人間性の違いが如実に表れたエピソードが有ります。
ある時、参謀が飢餓に苦しむ、前線の部隊に、おにぎりを届けるべく、朝鮮兵と高砂兵を派遣しましたが、二人ともいつまでたっても帰還しないので
下士官に見に行かせると、高砂兵は飢餓のため餓死していました。おにぎりには一切手を付けずに絶命していました。
一方の朝鮮兵は、座り込んで、届けるはずのおにぎりを無心で食べていたそうです。


★原住民は部族ごとに言語が違いますが、他部族間で会話をするときは、共通語は「日本語」でした。
彼らは今でも、多くの仲間が戦死したために、定期的に日本に来て、靖国神社に参拝しています。その時の決まり文句は「おお~い来たぞ」だそうです。
英霊は靖国に眠るという事をちゃんと知っているのですね。

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続きます。