伏見顕正の政経塾

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≪天皇と祭祀①≫拡散自由

2017年05月21日

天皇と祭祀① 

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昔、ある高名な霊能者が先帝様を霊視しようとしたら、「びっしりと結界が張られて」跳ね返されたという話を聞いたことが有ります。

 

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★私が中学生の頃の1973年「オイルショック」と言う世界的事件が起きました。

それまで、英米仏蘭の「石油メジャーズ」が仕切っていた、中東の原油の「価格設定権」をサウジをリーダーとする湾岸諸国が、白人から奪い返したのです。

背景には第4次中東戦争イスラエル側についた英米への反発が有りました。

中東原油諸国はOPECを結成し、原油輸出価格を一バレルあたり従前より70%も引き上げたのです。

★日本は石油を産出できない国で、石油輸入先のアメリカから、「石油禁輸」されたから対米戦に踏み切らざるを得なかったのです。

そしてアメリカに勝てなかった。そのころ私の頭に刷り込まれていたのは、「日本は資源の無い国。特に石油を断たれると国が亡びる」と言う強迫観念でした。

日本中がパニックに陥り「諸物価高騰」を先読みした全国の主婦たちがトイレットペーパーを買い漁る姿がニュースで流れました。

もう43年前の話しで、既に「歴史の世界」に入っていますが、私は当時の日本全国の「不安」と「緊張感」を今でもリアルにイメージできます。

特に石油大国サウジの、実権を握って、原油輸入国、欧米、日本に対して、「強面」で交渉したのが、ザキ・ヤマニことヤマニ石油相です。

日本は文句を言いませんでしたが、原油価格の大幅アップに強烈に抗議した欧米諸国には断固として「禁輸措置」を取りました。

★「世界の原油覇権」を握ったヤマニが、翌1974年来日します。目的は、昭和天皇に謁見するためです。

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*写真は中東産油国の首領;ザキ・ヤマニ石油相

当時を取材した朝日の川村と言う記者が書いていましたが。日本では「石油の一滴は血の一滴」と言われた時代で、会見した財界首脳は土下座せんばかりに、ヤマニに媚びたそうです。

そして先帝様御謁見の日の朝。

待ち合わせ場所でヤマニを迎えた川村は、車から降りた時の彼の両手が小刻みに震えているのに驚きます。

そして、先帝様との20分の謁見後、無口で退出したヤマニ。侍従長に会見の模様を聞いたところ。

先帝様はにこやかに何度も話しかけられたのに、ヤマニは足が震えた上に、完全に体が、硬直して口がきけなかったそうです。

川村は、ヤマニに事前に日本の皇室の歴史と2600年に及ぶ世界最古の王家であることを教えたので歴史の浅い自国を卑下して緊張したのだろうと言っていますが

私は、単に王朝の継続時期の長さではなく、先帝様の持つ「強烈なパワー」がヤマニを硬直させたのだと思います。

★翌年1975年にも同様のことが起きます。アメリカのフォード大統領に招かれて訪米した昭和天皇香淳皇后を夫妻で案内したフォード大統領は先帝様帰国後、「足が震えた」と言っています。

 

≪先帝様が持っていた「強力なパワー」は、本人の英明さに加えて「日々の天皇祭祀」の賜物≫

★加えて、先帝様は1964年に「崇徳上皇崩御700年祭」でお亡くなりになった香川県崇徳上皇陵にお参りになっています

明治天皇孝明天皇の遺言により、崇徳上皇の御霊を慰め、京都にお迎えになって白峯神宮を創建しています。そして創建後に元号を明治に改めているのです。

明治大帝、昭和大帝と呼ばれる所以です。