伏見顕正の政経塾

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【潮の満ちるとき】ホテル軽井沢「鹿島の森」の英断、拡散自由

【潮の満ちるとき】ホテル軽井沢「鹿島の森」の英断、拡散自由

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読者の皆さん、お元気ですか?GWは充実していたでしょうか?

今日は、さほど刺激的ではありませんが?良い話をさらりとしたいと思います。

地元の最高気温が27℃を超える夏日になったので、去年の夏のことを思い出しました。

私は昨年夏、高校時代の友人と二人で、軽井沢に遊びに行ってきました。

泊まったのは、東京のサラリーマン時代から、利用し慣れた「軽井沢プリンスホテル」です。

一度、使用していたクレジットカード会社の有利な割引が有ったので、宿泊し、それ以来、気に入って、何度か利用しています。

その当時は、忙しくてブログもやってなかったし、「皇室」にもほとんど関心が無かったので、今、こういう記事を書いていることに不思議なものを感じます。

利用し始めた1990年代後半は、後に失脚し、社会的生命を失う「西武グループのドン」の堤義明は、経営者として神様的存在で永川幸樹と言うライターが盛んに「提灯本」を書いていました。今でいえば自称皇后と、御用ライターの渡辺みどりの関係と同じです。

私は、永川の著作は読みませんでしたが、創業者の堤康次郎に関する書物は、何冊か読みました。

強烈に記憶に残った点が2点ありました。

軽井沢プリンスホテルの用地を買収するときに、地主の農民たちを集め、好きなだけ酒を飲ませて酔っ払わせて、意識がぼんやりした状態で「土地売買契約書」にハンコを付かせたこと。

堤康次郎相続税がたった約600万円だった事。

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① は今シルバー世代の方は良く耳にした方も多いと思います。

康次郎のホテル用地買収方法は、リゾート地(田舎)は「軽井沢方式」で、首都圏一等地のプリンスホテルは、旧宮家華族の邸宅跡地です。

特に、旧宮家華族の土地の買収は、終戦後、GHQによる華族制度の廃止や、「財産税」の徴収に苦しむ、高貴な人々の足元を見て買い叩いた超一等地です。

堤康次郎は、1964年、昭和39年に妾と熱海に行く途中に急死しました。75歳没。

経営者にせよ、個人にせよ、土地持ちの高齢の資産家は、「その時」の為に「相続税対策」はしておくものです。

昭和39年は、東京オリンピックの年、池田勇人総理の「所得倍増計画」で世界史上まれに見る「高度経済成長」は既にスタートしていました。

当然、地価も「バブル期」には及ばないにせよ、急上昇していました。

大学の同級生の公認会計士に言わせると、没後、相続税の対象者になる人は、地方だと年に一人出るかでないかだそうです(但しバブル崩壊後1990年以降)

しかし、その当時の堤康次郎は、所有するホテルのある土地の評価額を合算すると、「日本一」であったことは、あくまでも想像ですが、間違いないと思います。

ライバルの五島慶太東急グループ)もいましたが、所有する物件と評価額では、現存する東急ホテルの立地から見ると大きく差をつけていたでしょう。

主な物件だけ見ても、旧赤坂プリンスホテル(朝鮮公族、李家邸)、品川プリンスホテル(旧毛利邸)など、超のつく折り紙物件です。

★少なくとも、当時で最低「兆円」単位は有ったでしょう。

それが、何故、たった600万円程度で済んだのか?

明らかなシナリオが見えてきます。

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結論から言いますと、康次郎没後、滋賀県の康次郎の選挙区をついだ大蔵官僚出身の自民党政治家の山下元利(がんり)(故人、自民党税制委員会会長)が主導して相続税額を600万円に決めた(?)と本に書いてありました。

そして、それを山下に指示したのが、吉田茂の子分の大蔵大臣→総理大臣の池田勇人だと。

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★残念ながら、書名も、著者も記憶に残っていません。読んだ本すら廃棄処分にしていますから。悔しいですが。信じるか信じないかは読者の判断に任せます。

ただ、記憶をたどると、インターネットの無い時代、パソコンのトップシェアがNECのPC98の時代、Windowsの無い時代です。1994年前後だったと思います。

記憶に強烈に残っているのが、「日本一の土地持ちの相続税がたったの600万円、まじで?」というインパクトです。

信用できる出版社から出ていました。その書籍の該当する記載について、当時健在だった、堤兄弟から、記載の訂正や、出版の差し止め等のトラブルは起きていなかったので事実だと思います。

★当時は堤康次郎が半島系部落民の出身だとは知らなかったので、同胞の吉田茂とのリンクもわかりませんでした。

 

≪読者の方から教えられて、鬼塚英明氏の「天皇種族・池田勇人」と言う書籍≫

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を読むと、広島県竹原市出身の池田勇人元総理も、吉田や、堤と同じ階層ではないか。と鬼塚氏は書いています。

そして、池田勇人の面倒を見た広島県福山市の宮沢裕(ゆたか)と言う政治家が、解放同盟の活動家、小森龍邦から出自をばらされた宮沢喜一元総理です。

宮沢は大蔵省を若い時に退官し、池田勇人総理秘書官になっています。

 

吉田茂池田勇人宮沢喜一の共通点。選挙区には一切貢献しないという信念≫

吉田茂

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元々、選挙民の陳情を受けるのが嫌だという理由で、養家のあった神奈川県から出馬せず、実父の高知県から出馬。

 

総理引退後の昭和35年に、2位でかろうじて当選。中選挙区制は、自民党同士がかち合って、実力者はトップ当選してなんぼの世界。

元総理の2位当選は不抜の記録。

高知県は四国の他3県からの道路状況が不便です。7年も総理をやったのだから交通インフラを充実してあげても損は無かっただろうと思います。

選挙区の交通インフラの整備をすることが「ポリティシャン(政治屋)」と否定することはおかしいです。

 

池田勇人

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「選挙民の陳情は一切受けない」と言う断固たる信念。前記の著書で、鬼塚氏を池田の生家に案内したタクシーの運転手が「企業誘致すらしなかった」とこぼしている。

 

宮沢喜一

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「世界の「宮澤」」を自認。「自己中」か?

 

≪同和富豪は寄付が大嫌い≫

部落解放同盟初代委員長の松本治一郎(元民主党松本龍の養祖父)は、財を成した後、地元福岡藩黒田家の記念祭に寄付を求められて激怒。

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軽井沢の話しに戻ります。≫

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知人は軽井沢が初めてだったので、名所だけ見る「タクシー観光」をしました。

70代前半と思しきベテラン運転手さんが、まるで、郷土史の先生の様に、丁寧に解説してくれました。

タクシー「あのテニスコート今上天皇と皇后様の「世紀のロマンス」を産んだコートです」

私「・・・・・・・・・・・・」

非常に小さなテニスコートで、人気もなく、外からは頑丈な鍵がかけてある。山の中の廃校の放置されたテニスコートに見えました。

当時、私は未だ物心ついていませんが、You Tubeの動画などを見ると、非常に広く、大きなコートに見えます。

マスコミと当時売れ始めたTV受像管で、全国の日本人が強烈に「印象操作」されたことが改めて実感できました。

私「運転手さん、今上陛下や皇后様はよく軽井沢にお見えになるのですか?」

タクシー「ええ、そりゃもう、ご成婚以来、毎夏欠かさずです」

私「皆勤賞ものですね?」

タクシー「ただ、毎年のこととはいえ、お見えになると、SPぞろぞろつれ、交通規制やらなんやらで、いろいろと・・・・」

私「そりゃあ、大変ですね。御泊りになるホテルは決められているんですか?」

タクシー「それで、去年の夏、凄いことが有ったんです」

私「何です?」

タクシー「ホテル「鹿島の森」が、お泊りを断ったんですよ」

私「そりゃなんで・・・」

タクシー「「一般のお客様の方を大切にしたい」という理由で断ったらしいんです」

私「SPゾロゾロで「貸切」は困るという事ですか?」

タクシー「はっきりそう言ったらしいですね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

会話は昨年夏の車中ですが、運転手さんが話した内容は、その前年の夏の話しですから、正確には一昨年の夏の話しです。

軽井沢には何度か行きましたが、旬の時期は、東京がヒートアイランドになる、7月下旬の梅雨明けから、8月のお盆前までだそうです。

シーズン中は、ポピュラーなタイプからハイクラスのホテルまで、予約がぎっしりです。台湾や中国などからも観光客が増えています。

もてなす方はてんてこ舞いで気が狂いそうになるのではないでしょうか?

そこをたった二人で、SPを数十人連れて・・・・・

 

≪ホテル側の毅然とした対応に最敬礼≫

この話に出た有名ホテルの対応は、事実かどうか確認したものではありませんし、その必要もないと思います。

運転手さんが「嘘」をつく必然性も全くないです。

私は、素直に、運転手さんの話を信じ、ホテルの毅然とした対応に敬意を表すだけです。

 

≪事実だとしたら地に墜ちた「権威」≫

戦前で、ホテル側に落ち度が有れば「右翼」が黙っていないでしょう。

ただ、昭和を生きた28年間、インターネットの無いTVだけの時代に、先帝様と香淳皇后が、猛暑のおり、「軽井沢で優雅に」といった話は聞いた記憶が有りません。

先帝様は、あちこち徘徊になるという話も聞きませんし、「武蔵野の自然を残した「吹き上げの森」」が「自然のクーラー」の役目を果たし、意外と涼しかったのではないかと思います。

★先帝様は、大災害の時の「都民の避難場所」として、樹齢300年もの木々を大切にされていました。

先帝様崩御後、「吹き上げの自然林」を真っ先に伐採し、政府に50億円を超える新御所をおねだりしたのが、自称皇后なのは既に有名な話です。

筋が通らないと拒否した宇野総理のスキャンダルを「サンデー毎日」に流して、辞任に追い込みました。

その時の、担当記者が、昨年都知事選で落選した「変態男」の鳥越俊太郎です。鳥越は、覚えめでたく出世して有名人になりました。

「自然林を伐採」して、気温が高くなった為、毎夏の税金を使っての「軽井沢大名公務」なのでしょう。

★明治大帝は、非常な節約家で、真冬は御所の中で火鉢を抱きしめて過ごされたそうです。

 

憲法違反と「政治介入」のツケは必ず帰ってくる≫

女性宮家」に首を振らない、安倍総理を倒そうと、今日も国会で野党に「昭恵夫人証人喚問」要求など、露骨な政治介入を続けています。

生前退位宣言」しながら「夜遊び」を公務にカウントし、今年の真夏も税金で軽井沢旅行でしょうか?

潮が満ちてきたと思ったら、膝まで海水につかっていた、お二人の今の現在地はそこでしょう。

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※正田家の軽井沢の別荘を訪れる明仁皇太子一家と正田夫妻

以上