伏見顕正の政経塾

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【宇佐神宮の神勅⑤】戦後自虐史観の最たるものは「吉田茂礼賛論」である。無限拡散

2017年03月19日

宇佐神宮の神勅⑤】

戦後自虐史観の最たるものは「吉田茂礼賛論」である。無限拡散

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*写真は下層民「正田美智子の入内」とそれをごり押しする吉田茂一派に徹底抗戦した松平信子常磐会会長

 

元高官「君は吉田茂を全く評価しないのかね?」

私「個別的に評価すべき点は評価しています。例えば経済政策の「傾斜生産方式」です。

【傾斜生産方式】

第二次世界大戦(以下(先の)「大戦」)後、GHQによる占領行政下にあった日本における経済復興のために実行された経済政策である。

当時の基幹産業である鉄鋼、石炭に資材・資金を超重点的に投入し、両部門相互の循環的拡大を促し、それを契機に産業全体の拡大を図るというものであった。工業復興のための基礎的素材である石炭と鉄鋼の増産に向かって、全ての経済政策を集中的に「傾斜」するという意味から名付けられた。結果として戦後日本の重工業復興の呼び水となった。

それと吉田は悪運が強い。丁度景気の悪い時に「朝鮮戦争」が勃発し、戦争特需で景気回復しました。

また、朝鮮戦争勃発により、朝鮮半島の南北分断が固定化され、その後は「冷戦」と「反共」の時代になり、アメリカにとって日本は「太平洋をアメリカの海」にするための

「反共の防波堤」となり、アメリカの対日政策が寛容になりました。

1951年のサンフランシスコ講和条約では、戦勝国のアメリカ以下の連合国が、敗戦国の日本に「賠償金は一切請求しない」と言う前代未聞の超寛容な講和条約となりました。但し、講和条約調印後、吉田はアメリカの憲兵二人に両脇を押さえられ、別室に連行され「この条約にサインしろ」と迫られてサインしました。その条約が、岸信介さんが改訂する前の「旧日米安保条約」です。

★内容は、在日米軍は、講和条約発効後も、自由に日本国内の基地を使い続けることを認める。と言う一方的なもので、日本が攻撃を受けたときは在日米軍が日本を守る義務は有りませんでした。

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吉田が約7年間の長期政権を維持できたのは、国内ではマッカーサーに可愛がられ、アメリカ本国ではトルーマン大統領に好感をもたれたからです。

元高官「そこまで認めて、最終的にはマイナスと言うのは何故なの?」

私「吉田は「軽武装・経済重視」と言う戦後体制のモデルを作りましたが、「軽武装」を実現させたのは岸信介総理の「日米安保改正」で、初めて在日米軍が日本全土の防衛の義務を負うようになったのです。

従って吉田の時代は「軽武装」は実効性が無かったのです。また吉田は、戦後世界で、最も新聞で漫画に描かれた政治家をチャーチルと二人で人気を分け合っています。

吉田の毒舌、悪趣味なユーモアは、全国紙の連載漫画家の格好の飯のネタとなりました。漫画家たちは吉田が総理の座を去る時に漫画で感謝の意を表したそうです。

例えて言えば、昔の横綱朝青龍のような「ヒール人気」ですね。その為、実績の割には存在感が有り、記憶に残る政治家で「過大評価」されがちなのだと思います」

 

元高官「手厳しいね(笑)。それで、最終評価でマイナスにする根拠は?」

私「それは、とりもなおさず、「正田美智子入内」の大罪です。事前に、クリスチャンで有る事や「御徒町」に出入りしている評判は効いているはずだから、他に、ご成婚に貢献した小泉信三や黒木侍従長等の背後に控えた「黒幕」です。吉田は確信犯で、22年後の「平成」になってから、皇室が「美智子独裁」で「脳死状態」になることは薄々得分っていたはずです。

「内廷皇族の北朝鮮化」と「三笠宮系宮家の銭ゲバ」ぶりを見てください。まともなのは過剰公務をこなしている秋篠宮家と、「美智子独裁」にも毅然としている常陸宮両殿下ぐらいなものですよ。

「日本の国体」を人間の体に例えたら、「皇室」は「脳髄」に当たります。今現在、まともな2宮家を除いたら既に「脳死寸前」の現状です。

皇室が「脳死状態」になったら、「日本の国体」は崩壊します

★「皇室を三代で根腐れさせる」と言うマッカーサーと吉田との密約が、「現実化」しつつあるのです

★「皇室を脳死」させるには、第一弾として「正田美智子入内」が絶対条件だった。その作戦の最高指揮官が吉田ですから、これは、明らかに「反日行為」であり、保守政治家としては「万死」に値します。いくつかの政治的業績が有っても、それをチャラにしても尚余りある「汚点」です。

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