伏見顕正の政経塾

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【小池百合子の研究②】フリーキャスター時代から現在までの定点観測

≪人生の軌跡≫

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関西の名門、関学に進学するが、アラビア語を学ぶために、あっさり中退して、エジプトのカイロ大学に留学。1971年のことである。

ご存知の様に2年後に「オイルショック」が起き、サウジら、中東産油国の国際政治での発言力は増したが、私もそうだが、2年後のことを予想できた者はおらず、小池に先見の明があったというより掃いて捨てるほどいる英語通訳者より、希少性が有ると踏んだのであろう。
あの時代に、日本人も少ないエジプトのカイロにわざわざ留学する発想が凄い。

父親のDNA であろう。

 

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≪たった半年の結婚≫
留学中にイスラエルVSアラブ諸国の「第3次中東戦争(ヨム・キップル戦争)」が勃発した。


この時の心境を小池はこう述べている。
「とにかく、怖かった、夜間もイスラエル空軍がカイロ市街を爆撃し、夜空が赤く燃え上がる。その時そばにいたのが彼だった」


戦争の渦中の恐怖から、偶々身近にいた、日本人留学生の男性と恋に落ちたのだ。
しかし、彼が、大学を中退して中東の大手ゼネコンに就職すると、あっさり離婚。
夫婦間でどんな話し合いが有ったかは知らないが、たった半年であっさり離婚とは驚きである。
「人生の方向性の違い」を感じた小池が亭主を弊履(へいり)の様に捨てたのだと思う。


≪政界入り後≫

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日本新党新進党自由党→保守党→自民党・清話会(小泉の居た派閥)

 


≪「ムラ」に定住できない人≫
理由は、どうあれ、転職を繰り返す人は、企業では信用を得ることは難しい。


私がサラリーマン時代、当社が4社目と言う男が他部署にいた。残念ながら聞こえてくる噂は、良く無い噂ばかり。
仕事ができない割に、態度がでかく、我がままだという。

周囲から相手にされなくなり、行き詰ってまた転職して辞めていった。


これは、政界にも良くあてはまると思う。「小選挙区制」になって、「派閥」の力は弱まったと言われているが、まだまだ力は有る。
先日の「内閣改造」の新しいメンバーを見てみればよくわかる。名前を初めて聞いた人が、多数入閣している。


★彼らは、「各派閥の入閣待ち」だった議員達である。
「各派閥」は「当選回数と派閥への貢献度」によって、「次期内閣改造」での「入閣推薦候補」を決めて準備している。
その各派閥の要望が満たされないと、派閥の領袖は総理に対して不満が募る。

安倍総理はそれを考えての、今回の「新人(入閣待望組)」の大量入閣で派閥の領袖たちの「不満のガス抜き」をしたのだろう。


自民党の派閥を俗に「ムラ」と言う。
かつて、中曽根内閣の時、田中派の後藤田官房長官が、内閣の入閣者をTVで発表したとき、羽田孜(つとむ)元総理を「はだしゅう」と読んだ。
直後田中派の会合に出席したとき、鼻っ柱の強い橋本龍太郎から、「自分のムラの人間の名前を間違うとは何事だ」と怒鳴られた。

 

田中角栄元総理が、ロッキード事件で、動きが取れない間に竹下登氏が、「親分の利権」を盗もうとした。
復活した角さんがそれに気づいて激怒して「お前は「雑巾がけ」からやりなおせ(怒)」と竹下氏を叱責して、閑職に追いやって、しばらく冷や飯を食わせた。


★ポイントは「ムラ」と「雑巾がけ」である。

一年生議員はみなそれぞれの村で「雑巾がけ」から始めるのである。


小泉政権と「ムラ」と小池≫

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小泉は、「自民党をぶっ壊す」と言って、総理になったが、巨大な「ムラ」としての自民党の「慣習法」もぶっ壊してしまった。
閣僚は、全て自分で「一本釣り」して、各派閥の推す「入閣希望者リスト」を一切無視した。


これに、一番イラついたのが、小泉の属する派閥、清話会の会長であり、盟友だった、前総理の森喜朗、「森デブ」である。

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そこに、他党を渡り歩いて、自民党に来てたった3年の小池が環境大臣に抜擢された。
小池は、この時「森喜朗に面罵された」と語っているが、私は元総理の森デブを評価していないが、森の言いたかった真意を推しはかると

自民党に来て3年もたっていないのに、何故、辞退しなかったのか?図々しい女だ」
という事を言いたかったのだろう。


小池は小池で

「私は、小泉総理に好かれているし、能力もあるし、何故環境大臣を受けてはいけないの?」

と言う反発だっただろうと思う。


これは、余談だが、「郵政選挙」で「刺客一号」の手柄を立てた、小池は選挙後、小泉に、環境大臣の様な閑職ではなくて、主要閣僚ポスト(財務大臣外務大臣、経産大臣)を求めたらしいが、さすがの小泉も首を縦に振らず、環境相に留任となった。


★余程、新参者の小池に対して党内の反発が強かったのだろう。

 

③につづきます。