伏見顕正の政経塾

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【小池百合子の研究①】フリーキャスター時代から現在までの定点観測

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≪浅からぬ縁≫
全くの偶然だが、TVデビューしたころの、小池が出演した番組を良く見ていた。

番組名は「竹村健一の世相講談」だった。
竹村健一は若い読者の方は知らない人が多いと思うが、1980年代屈指の人気評論家だった。
小池は、アシスタントにすぎなかったが、竹村と同じ関西人同士で、息は合い、
時々、絶妙な「竹村いじり」で番組を盛り上げていた。

その時の印象は、「たれぱんだ」みたいな顔をしているが、「おもろい関西のおばちゃんだな」と言う域を出なかった。その後テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」に移ってからは同番組は見ていない。

 

2番組ともいずれも扱いはフリーである。

 

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≪出自と家庭環境≫
私の手元に、日焼けした2005年の「月刊現代」(現在廃刊)があり、その中に、「小池百合子、権力と寝る女」と言う出色のルポがある。


≪色濃く受け継ぐ父親のDNA≫
Wikiなどでは、父親は貿易商となっているが、それは表向きの顔で、実態は「大陸浪人」だと書いてある。


大陸浪人とは


・・・・・・・・・・・・・・転載・・・・・・・・・・・・・
 大陸浪人(たいりくろうにん)とは、明治初期から第二次世界大戦終結までの時期に中国大陸・ユーラシア大陸シベリア・東南アジアを中心とした地域に居住・放浪して各種の政治活動を行っていた日本人の一群を指す。

 初期の大陸浪人征韓論などによって大陸への軍事的行動が初めて議論された時期に中国や朝鮮へと渡った不平士族や商人たちがルーツとされ、甲申政変など李氏朝鮮末期の政争に彼らが関与したことでその行動が注目されるようになった。

 続いて登場したのが、1870年代から80年代にかけて青年時代を過ごした若者たちであった。彼らは少年期あるいは誕生前に幕末・明治維新の騒乱期を迎え、士族反乱自由民権運動の挫折と明治政府体制の確立によって新しい国家作りに参加できなかった層でもあった。

 彼らは続く欧化主義への反感などから国家主義あるいはアジア主義に目覚め、日本を飛び出して中国大陸や朝鮮半島に活動の舞台を求め、日本の大陸への進出に何らかの形で関与しようとしたのである。

彼らは開港場の日本人商店などを拠点として現地の風俗習慣や政治・経済事情を探索する一方、玄洋社黒龍会東亜同文会などの日本国内の国家主義アジア主義団体とも連携を取った。

 特に玄洋社を率いた頭山満は、後に政治家の犬養毅(後の内閣総理大臣)とともに「大陸浪人の二大巨頭」との異名を得るほどの大陸浪人たちの後援者として知られるようになった。また、日本政府の対外政策に関わる調査や軍部の直接的あるいは間接的支援による兵要地誌の調査などに従うこともあり、そうした活動を通じて中国語や複雑多様な現地情勢に通じた「支那通」と呼ばれる人々を輩出することになる。だが、その一方で政府・軍部あるいはその路線に協力する日本の財界より様々な口実による資金援助を受けるきっかけを得たことにより、その後の大陸浪人の方向性を定めることにもなった。

 

 日清戦争日露戦争においては、こうした「支那通」が日本軍に積極的に協力して通訳や諜報、後方攪乱、特務工作などに従事した。

だが、こうした戦争を通じて日本の対外進出を軸とした大陸政策が確定していくと、大陸浪人は次第にその範囲内での活動に限定され、むしろ積極的にこうした風潮に参画することで日本政府・軍部及び世論の対外強硬論を導き、自己の存在感を認めさせようとした。

 辛亥革命以後の中国の分裂状態は大陸浪人に日本の大陸政策に基づいた新たな活躍の場を与え、その再生産を促した。だが、中国革命の進展による軍閥の没落と統一の進行は大陸浪人の活動やその利益に相反するものとなり、大陸浪人の立場は日本の国家主義に基づいて中国側と対峙するものにならざるを得なくなった。そして、満洲事変とそれに続く日中戦争大陸浪人にまた新たな活動の場を与えることとなった。


・・・・・・・・・・・・・転載ここまで・・・・・・・・・・・


中には宮崎滔天や、川島浪速(川島良子の養父)の様な立派な「大アジア主義」の思想家もいたが、有象無象の「使い走り」扱いの連中が沢山いた。
小池の実父は、その有象無象の中の一人であろう。要は何らかの理由で、日本国内で、まともな就職ができず、大陸に渡り、関東軍や、シナ派遣軍の「汚れ仕事」を請け負っていたのだろう。実父は「山っ気」の強い人物だったらしく、生前、選挙に出て落選している。


★この父親の「後先考えぬ無鉄砲さ」が、小池の今までの人生の軌跡に顕著に現れている。


以上

 ②へ続きます。